all world harmony


意見を言うことと人を打ち負かすこと

なんだかなあ、このやり方って思うことがあったので書きます。

私がよく見に行くブログであるやり取りがありました。
記事について、コメントできるのがブログの機能で
さまざまな意見を聞けることが、最大のメリットだと思うんだけど。
取り上げられた記事の内容が、論議を生む記事だったため、
たくさんのコメントがついてました。
私は単純に、こうやって問題を提起できる記事をかけるだけすごいなあって
いつも思いながら見てるわけですが。
反対意見、記事の不備なところ、言葉の使い方、
果ては管理している人の人格を攻撃する言葉までみたときは
なんだかなあ・・・・・、殺伐としてるよ、こんな書き方って思いましたね。

意見が違う時、その意見を言う時、みなさんどうしてますか?

多分私を知っている研究仲間は、私を表現する時
「きつくて、意見をはっきり言う、絶対に引かない人」って言うと思うなあ(苦笑)
私の言葉は(性格は)きつかったですね、本当にこれまで(今もそんな部分はある)
研究の世界は論理を組み立てて、議論をすることで発展させていくため、
結構言葉をきつく使ってしまう部分があるんですよ。
論理展開が曖昧だと確実につっこまれるので、そこは鍛えられたかも。
わかりやすく、曖昧さをできるだけ排除して。
(しかし、曖昧さに満ちたこのブログ・・・・、ほっといて(苦笑)

以前仲間と彼をいっぺんに失ってしまったとき、
私のやったこと、言ったことを私は彼や仲間に責められたんですよ。
自分が悪いことを重々承知してたので、違うと思うことや
そんなことは言ってないということについて一切反論しなかったのですが
その事は、更に「ふてぶてしく、なんでも自分が悪いという風に開き直っている」と
判断され、後に人づてに聞いた時は、本当にショックでした。
彼も、仲間と話し合って、私への態度を決めたのでしょう。
私たちは二人で話し合うこともできず、一方的に別れを告げられました。

この出来事は、教えてくれました。
「いくら正しいということでも、多数であることを前面に意見をいうことは、
また自分が傷ついていることを主張することは、人を傷つける」ことを。

私はそれまで、そんなことを平気でしていたんだろう。

自分の正しさを主張するために、納得してもらうために
私は人の間違いを指摘し、そしてそれが間違っていたと相手が認めるまで
議論を、主張をやめなかったんだじゃないかな。

言葉は力を持っていて、私が伝えたいことは何だろうって考えることが
多くなりました。
優しい言葉を使う時は、人に優しい気持ちを送ることになり、
けれどもちろんそこに、気持ちが入ってなければ、
「心」を言葉に乗せることはできない。
優しい言葉づかいをしたって、そこに「優しい気持ち」がなければ
言葉は空虚なものになってしまう。

言葉が心を伝えるんじゃない、心が言葉に乗っていくんだ。
そう考えれば、言葉づかいが多少荒くても、乗ってきた心を感じたりすることはできる。
言葉の揚げ足をとることも少なくなるんだ。

意見が違ったり、間違ったりするのは当たり前で、
その間違いを認められたり、認められなかったりする。
認められない時、受け入れられない時、私がしたいことはなんだろうか。
もちろん、認められない、受け入れられないことは、悲しいし、つらいです。
だとすれば・・・・・。相手だって同じなんじゃないだろうか。
私は、私の感じている気持ちを、相手に「同じように」感じて欲しいわけじゃない。

「傷つけられたからといって、相手を傷つければ、同じ事なんだ」

上のブログを見てて思ったことは、同じような意見を別の表現を用いて
厳しい言葉で糾弾することは、もはや、何かを互いに生もうとする空気からは
かけ離れているように思えました。
相手が負けをみとめれば、それでいいのだろうか・・・・・。
今の時代、自分の正しさを主張することが、自分の自己証明になっているような
気がして、やりきれない時があるんですよね。
もちろん、絶対にあってはならないことに対して、主張してはいけないとか
自分を守るために、話してはだめだなんて思ってないです。
時には感情的に話したっていいし、そんなことは誰にだってあること。

建設的な意見の交わし合いって、相手を攻撃することじゃあないでしょう。
今でも、研究の場面や、指導の場面では、どうしてもこことここの論理展開は・・・
って話になりますよ。
けれど前とは違うのは、まず自分の意見ありきってしないこと。

こんな意見もあって、こんなものの見方もあって。
そこからシェアできるものを、私はとりたい。
こんなことを言う私は、彼からしてみれば「甘い」そうです(苦笑)
文化背景が違えば、絶対にそんなことはありえないからね。
って言われます。留学経験から彼はそういってるんだと思うけれど。
相手の意見をきいて、自分を主張するのは、
何も意見がないととられることがあるから、違う時は相手の意見を
遮ってでも、主張しないといけない。
そっか、そうかもね・・・・。

ってことはさ、やっぱり私はそれを彼から「聞いてみないと」わかんなかった。

「自分を聞いて欲しければ、相手を聞くこと」

自分の態度が相手の態度を作る。私たちは鏡なんだから。
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by harmony0526 | 2005-03-28 15:53 | 聴くこと

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‘声’をめぐるつれづれなるままのエッセイ(写真は私の愛する伊是名島からの風景)
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