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カテゴリ:相談事と書いて気晴らし( 116 )



決めるのは結局自分

あまり過去生ネタはしたくないのですが(苦笑)
久しぶりに。

最近はほとんど見ないんですけど、以前はもう他人のも自分のもばしばし見えていた時期が。
最初のころは、周囲にそんな人もいないし、スピリチュアルな話をする機会も
聞く機会も限られてました。だからとっても混乱したし、それを受け入れても
今度はそれに浸るというか、そんな時期もありました。
その後、スピリチュアルエマージェンシー(精神的危機)に陥って、もう本当にきつかったです。
今は、そのころに比べれてだいぶ落ち着いてます。
だからといってなくなったわけではないですが。
コントロールの仕方も受け取り方もわかっている今では、
自分の個性のひとつとして受け入れてます。

過去生が本当にあるのかどうかという話は、今ここで論じると話がずれるので避けますが、
信じる人には信じてもらっていいし、信じられない人は信じなくていいと思います。
また様々なスピリチュアルな能力を持つ人が特別だとか、そんなこともありません。
おそらく「歌がうまい」とか「文章を書く才能がある」とか
「運動能力に優れいている」ってレベルとそう変わりないです。
そういった人たちを特別視する「精神世界系」の人たちを
時々見かけるけれど、なんかちょっと違うなあって思ってしまうことがあります。
まあ単純にあこがれているだけなのかもしれないけれど。
私も運動能力がある人にとっても憧れるもん・・・・
(でもぶっちゃけ、運動能力のある人には憧れはするが、依存はしないよね~。
そこがスピリチュアル能力に頼る人たちと違う部分だと思うのですが)

科学的な立場を重視する自分の位置を考えると、
自分の体験が受け入れられないということは十分理解できるし、
また自分の専門分野の神経科学の視点からどう説明ができるのか皆目検討もつきません。
興味はあるけれどね。
けれど超個人的な体験の場合、科学的素材になるのが難しい。
そもそも、「在る」のかどうなのかも、疑われるし。当たり前です。
でも、「見えるもの」は見えるし、「聞こえるもの」は聞こえるんだもん。そうとしか言えないなあ。
科学的素材になるかどうかが、また実際に物理的に存在するものが、
すべてだとは思いません。
そんなことを言ってると、科学者の卵は失格かもしれないけれど(苦笑)

話がずれたな。それで自分が思い出している過去生によって
気がついた自分の心の癖がありました。「絶望」という言葉をそのときは使ったけれど
どちらかというと、「無力感」「あきらめ」に近いかな。
「ベルセルク」っていう漫画読んだことある人はわかると思いますが、
まさしくあの世界です(面白いですよ~。でも理解できる人少ないかも)
自分は騎士で、あるとき仲間と在る敵を倒すように依頼されて
ある場所に集まった。今まで負けたこともない自分たちが、仲間の裏切りによって敗北する。
私は弓の名手でした。敵は人間なんかじゃなくて、この世にあるはずのない存在。
仲間が目の前で倒れていく中、私は四方八方を囲まれて、味わったことのない
「絶望」「閉塞感」「あきらめ」を感じながら死ぬ、というものでした。
言葉にうまくできないんですけれど。

囲まれた空間とか、にっちもさっちもいかない(と自分が感じる)状況になると
ものすごい無力感とどうしようもない、感覚が常にあった。
私の心の癖は、「大切な人をまた失う現場を見るぐらいなら、私が先に死にたい」とか
「(状況が厳しくなってきたと、自分が感じると、大した事なくても)
どうあがいても、うまくいくことはないのだ」というものでした。
だから今となっては笑っていえるけれど、自殺願望ってずっとありました。
東京や福岡にいるときに、いつか私はおかしくなり、
精神病を発病するんじゃないかという恐怖と戦ってました。

「絶望感」というもの、その感覚の原因を見たときは辛かった。
しばらく、調子を崩し、泣いてばかりいました。
そしてその映像や、その感覚から離れなくなるような時間が長く続きましたね。

そこから抜け出すきっかけになったのは、今の自分はどうありたいのか、という問いでした。
けれどね、原因がわかってたって、そこからどう抜け出すかは
今の自分で捉えなおすしかないんだな。
私はそのときまで、結局のところ、絶望という感覚に、無力感という感覚に
逃げ込んだだけなんだということ。

そう簡単に心の癖は直ったりは、無くなったりはしないと思います。
ずっと持ってきているから。すぐそこに逃げ込むことも簡単なんだ。
浸ることも。だって、それが気持ちよかったから。今まで。
今でも時々出そうになるんだ。だから、そのたびに選ぶんです。
私はどう生きていこう、どう感じていきたいのか。って。

私の場合は、過去生に原因があった、という話でしたが、今この世界で、
今生きてきた中で、ものすごく辛い体験だったり、乗り越えがたい体験をして
心に傷を負っている方もたくさんいると思います。
私も乗り越えがたい体験や傷というものを、受けてきたことが、今生でもあるから。
時間がどんなにかかっても、もちろん無理にあがっていくことは必要はないけれど
いつでも自分は自分のあり方を決められて、捉えなおすことができるんだよ、って言いたい。
いつでも悲劇のヒロインになれるし、もちろんそんな場合もあると思う。
でもその感覚にその感情に浸っていても、その辛さは無くならない。

無理に感じてないふりをしたり、あった事を起こった出来事を、
なかったことにするのも違うと思うけれど、
感じていることを認めて、原因がわかれば、心の癖がわかれば、最後にするのは
「決めること」だとおもう。どこにいたいのか?どんな自分だといいのか。
どんな風に世界を、人を、自分を捉えて生きたいのか。
人のせいにするのでもなく、自分が巻き込まれた場合であっても。
結局、自分のことは、自分のあり方は、ほかの誰も決められない。
私の感じ方を、感情を決めているのは、私なんだ。

いつでも「愛」を中心に置く、そんな自分でありたい。

私はそうやって、いつも自分の心の癖と付き合ってます。
いつでもその瞬間から、選びなおそうと思います。
何度出てきたって、何度涙を流しても。
私がありたいあり方で、そして感情やものの見方だって、私が決められる。
どんな辛い過去も、どんな辛い体験も、私自身が捉えなおして見える風景を変えられる。
そう、信じていれば、いつだって。きっと。
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by harmony0526 | 2005-08-10 18:12 | 相談事と書いて気晴らし


日々の中で

ご無沙汰してました。
忙しい・・・というほどでもない今週でしたが、なんとなく書くことをおやすみしてました。
最近、ブログで知り合った方々の何人かが、ブログをやめたり、
移転したり・・・と変化がありますね。

私自身も書きたいなあと思うことや、
記憶としてとどめておきたいって思うことは沢山日々のなかであるのですが、
もしかしたらブログ・・・って形よりも、メルマガって形のほうが
それならいいのかもな、考えたりしてます。
表現すること、を私は多分やめることはできないと思いますが、
表現のあり方、については今ちょっと考え中です。

まあ、日々の生活が「表現」であることに変わりはないのですが。

ブログは、こんな堅苦しいことなんかじゃなくて、もっと些細なこと。
彼氏と喧嘩したとか、学校が大変とか。
そんなたわいのないことを書けばいいのかも。
人にみせることなんか~って言われればとても微妙ですが(苦笑)

今週は、夏至があったり、ここ沖縄では太平洋戦争のなか
日本で唯一の地上戦があった沖縄戦の終戦記念日「慰霊の日」があったり、
個人的には、講演会があったりと、様々なことがあった一週間でした。
私は、エネルギーの調整のために、月一でうけている
エナジーバランスというものを受けてきました。

その時に、出た話。印象的でした。
「すべての存在は、対等である。
神や聖なる存在とも、実は私たちの間に上下などなくて、
対等なんですよ。すべては、私たちの中に存在する物なんです」と。

「神には神の領域が、人間には人間の領域があって、
そこを超えたところで、手出しというのは本当の意味ではできないんですよ。
人の思考というものは、思いというものは、地震すら止めることができるんです。
私たちのあり方は、私たちがやはり決めるんですよ。
地球という場、本当の意味で「自由意志」の星なんです。
神や聖なる存在は、サポートをしてくれ、このままではこう行きますよ、と
提示はしてくれますが、私たち自身でいくらでもシナリオを変えることはできます。
自分であらかじめ決めてきたシナリオが存在するのは確かですが、
それすらも、私たちの思いで変えることは可能なのです」

いろんなところで言われていることでもあるんだろうけれど、
いざそれを本当に言葉にされるとかなりの衝撃でした。
というか、多分それを実感として受け取れるような「今」が
私の中にできつつあるのでしょうね。

たとえば、こう考えればいいのかも知れません。
親は私を生み出してくれ、育ててくれた。
けれど、親と私との関係に「上下」は存在しません。
あるのは、尊敬であり、互いの存在に対する「尊重」です。
どちらかがより「多くを知っているから」「気がついているから」といって、
それが「偉い」とか「従わなければならない」とかないように。
もしかしたら、聖なる存在と私たち人間の間にあるものも、
そのような関係性であるような気がするのです。
どちらかが偉いとか、どちらかが決めているので、こうしなければならない、とかない。

心のどこかで、私を作ってくれたもの、私を守ってくれている存在に対して
畏敬や尊敬の念ももちろんありますが、彼らが私にとって
「私を指導し、私以上に、私の世界を知り、私のことを監督している、
だから、コントロールできないような日々がまた来るのが怖い」
「そして、私が本質からはずれると、きっと必ずその道を修正しにかかってくるだろう
そこから逃れることはできないのだ」という恐れが私の中に歴然とあります。
だから、「半分知っていて、半分知らないふり」を私はしているんだろう。
「聞くと、現実がいやおうなく、また揺れる」のが怖いのです。

大きな流れで、いや予定されたことであったんだろうけれど、
私にとってこの激動の2年あまりは、やはり「しんどく」
「乗っていくのに精一杯」「命が揺らぐほどの衝撃」の日々であったことは確かです。
だけど幸せですし、自分をこれほどこよなく愛していることもありません。
きっとそれはまた日々の中で、更に愛が深まっていくことになるだろうから、
いつでも私は、「今」の自分をこよなく愛することに違いはないだろうと思います。

どんな時も、「選べる位置」にいて、
なんであれ、それは「祝福」に違いないと感じられる息吹が
風が私のなかで吹くのが感じられるのです。
怖いけれど、怖くない。もうきっと多分、こころのどこかで今まで
封印していた、私の中にあったものを、私自身が感じられるようになってるんだ・・・・。

現実と、内面の統合のプロセスが始まっているような気がします。
それが現実の私の仕事やプライベートでも生かせるようなそんな感じ。
最近の日々の中で感じているのは、そんな感じです。

でもほーんと先週しんどかった~。私の彼も調子崩してて、イライラしてました。
以外に聞いてみると、そんな人が多くて安心したり。はあ。
みんなきついんだ、私だけじゃないんだ。っていいですよね。

みなさんはどんな一週間でしたか?
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by harmony0526 | 2005-06-24 22:53 | 相談事と書いて気晴らし


晴れないときもある

もうすでに一週間は雨が降り続いています。
だからなんとなく気分も沈みがち。
雨は嫌いではないけれど、こんなに続いたら少し気分も晴れないですよね~。
天候にいちゃもんつけるわけにはいかないので(当たり前)
自然とともにあるってのは、いろんな気持ちを喚起してくれるんだなあと思って
すごしてます。

あまりの疲労振りに、とうとう今日は午前中お休みをもらいました。
限界・・・・って感じで、体を動かしているときが唯一、頭を空っぽにできるらしい。
だから要は、身体的な疲労より、心の疲労が増していて、
体にきてるみたい。頭痛がひどいわ、吐き気はずっとしてるわ、
でもテコンドーの稽古には行くという、へんてこりんな生活をしております。
体動かさないと、もっと重症になるので、まだ体動かしてる分だけましなんでしょう。

なんでこんなにしんどいのかいまいちつかめなくて。
エネルギーの吐き出しがうまくいってないのかなあ。
最近よく思うことは、自分の境界を明確にもつってことが必要だなあと。
人とのかかわり、とくに心的エネルギーの負の部分を見つめることが
多い仕事なんで、気をつけないと抱えるんですよね。
十分気をつけているんだけれどな・・・と思っていても、
それがうまくできないのは、おそらく私がそこを惹きつけてるからだろう。
「人をどうにか癒してあげたい」という驕り、
「人はすべてその内側に真実を内包しているのだ」ということを
いまいち信じ切れない部分。
癒しは基本的に女性性のエネルギーが強い部分がありますが、
大切なのは男性性のエネルギーをきちんと自分の中で発動させることです。

現実を生きる部分で、私という存在を自分で大切にする部分は、
男性性が担っている部分が大きい気がします。
できないことを、できないと認めること。表明すること。
必要以上にヘルプをださないこと。
自分の持っている力以上のことをしようとしないでおく、勇気。

あまりに忙しいので、自分を大切に労わる心が少し足りないんだなあ(苦笑)

境界性をもつこと。私を大切にすることは、世界を他人を大切にすることにつながるんだ。
決してそれは甘えなんかじゃなく。謙虚すぎると、驕りをまねくように。

最近、いい加減眠っている半分を、私が避けてきた部分を起こす決心が
できつつあります。どう表現したらいいのかわからないのですが。
知らなくてもいいや、って思ってた部分なんですけどね。
聞こえないふりなんかもうやめようって感じです。
聞こえることが、聞くことが、アイデンティティを揺らがす気がしてならなかった。
怖かったんです。今でも怖いですけどね。正直なところ。
でも、もう愛を恐れることはないのだという、どこかで確信ができつつあるんでしょう。
引き離されるのではないかという思い、
神や聖なる存在の声を聞くことで、
人として普通に生きることができなくなるんじゃないかって恐れが
ゆっくり自分の中に溶けているようです。
「ありのまま、どうあろうとも、すべては私の選択なんだ」ってね。

雨ばかりの日々で、気持ちも体もほんとくたくた。
晴れないときもあるよ。それもいいかもね。
これがありのままで、祝福なんでしょうね。
ああ、でも晴れ間もみたいな。太陽が恋しいです。
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by harmony0526 | 2005-06-17 15:31 | 相談事と書いて気晴らし


愛について

コメントのお返事を書いてたら時間ぎれ~。
すいません、帰ってきたらまたお返事書きますので。
みなさん、いつもありがとうございます。

先ほど私が受けているワークのメーリングリストに
紹介されていた詩がとても素敵だったので紹介します。

愛について」

愛があなたをさし招いたなら
愛に従いなさい

たとえ
その道がどんなに厳しく険しくても
愛の翼があなたがたを包んだなら
愛に身を委ねなさい
たとえ
その翼に潜む刃が
あなたがたを傷つけても
愛があなたがたに語りかけたなら
愛を信じなさい
たとえ
その声が 庭を荒らす北風のように
あなたがたの
夢を打ち砕いても

なぜなら
愛はあなたがたに栄冠を与えると同様に
あなたがたを十字架につけるのです

愛はあなたがたを育て
また 刈り込みます

愛はあなたがたの梢にのぼって
陽射しに揺れる小枝を愛撫し
また たちまち足元に降りて
土におろした根を揺るがすのです

愛はあなたがたを
麦の束のように刈り取り
あなたがたを打って
裸にし
ふるって殻を取り
ひいて白い粉にし
練ってしなやかにする

そして
さらに愛は
あなたがたを
愛の神聖な火で焼きます
神の神聖な祭りの
神聖なパンとするために
愛はこれだけのことを
あなたがたのうちに
あなたがたのためにするのです 

あなたがたが自分の心の奥の謎をさとり
このさとりのうちに
生命の心の一片となるために

しかし
それを恐れ
愛の安らぎと楽しみだけを求めるのなら
むしろあなたがたの裸を被い
この愛の麦打ち場を避けて
あの季節のない世界へ行くがよい 

そこでは笑っても心底から笑えず
泣いても流れるのは本当の涙ではない

愛は愛自身のほか何も与えることなく
愛 自らしか受けることがない

愛は所有せず
また所有させない 
愛には愛だけで充分なのだから

愛しているとき
神が心の中に
と言わないように 

あなたがたが愛の歩みを導けるなどと
思ってもならない 

言うならばむしろ
私が神の心のなかに、と
なぜなら
愛こそがあなたがたの歩みを導く 

もし
あなたがたにその価値があるとみれば 
愛の望みはただひとつ 
愛 自身を満たすことです                   カリール・ジブラン
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by harmony0526 | 2005-06-08 19:18 | 相談事と書いて気晴らし


3人のガーディアン

今日は代休をもらって学校がおやすみでした。
なので、久しぶりにゆっくり寝ました。

まるで布団と私が一体になったようだわ・・・(苦笑)

で、今日は先週予約してたリーディングを受けに。
正直なんじゃこりゃ、ってかんじなぐらいきつさが日々増してきてて、
どうにかこうにかやれてましたが、3日連続で同じ夢も見るし、
なんか気になって。
信頼できる友人からの紹介でもあったし、初挑戦。

で、結果。
まあ、私が知ってることを確認した感じなのと、
へえ、そうなんだ~ってのと2つ。
まず、最近3人のガーディアンが私についているのはわかっていたのですが
やっぱり3人いました。真ん中が女性で、残り二人が男性(のエネルギー体ってこと)

いろいろサポートしてくれているようでした。
そうです、私カウンセリングするときとか、お願いしますもん。
3人のガーディアン、ハイヤーセルフ、そしてケースが深刻なときは
大天使のサポートをお願いしてやるんですよ。

もっとヘルプをだしてもいいですよ、といわれました。
そして、自分をもっとガードするようにと。ええ、そうなんです、
はじめはガードしてたんですけど、だんだんたくさんのケースがやってくるようになって
いつの間にかたくさん背負わないでいいものも背負ってたみたい。
そして、カウンセリングや、セラピーをする前に、丸い玉をイメージするように
いわれました。3人のガーディアンは3つの玉を持っていて、それを生かすようにと。
それぞれ役目を持っていて、話しかけ、サポートを依頼すると、
喜んで働いてくれるとのこと。そっか、そうですね。
だから、受け取る力を育てなさいってよくメッセージでくるわけだ。なるほど。
現実的に、これはやれるので早速明日から生かして生きたいと思います。

そのうち、セラピストたちの手助けもする立場になるだろうとか、
色々お話いただきましたが。うれしかったです。
そいで最近みている夢は、潜在意識での私と、現実で生きるレベルでの私の
境目が薄くなってきていて、ちゃんと望んでいることが生かせるようになってきているとのこと。
そうなんだ、それはいいことですね。
ちなみに私が見ている夢は、結婚に関する夢です。
今すぐ結婚するわけじゃないけれど、このままでいいってことか~?

いつでも、私がするのは、相手の鏡になるだけ。
私の力で誰かを癒す、ということではなくて、私を借りて、チャンスを与えるだけです。
だから、鏡であるだけで、私ではないんだ。私のエネルギーとして受けないって
もっとちゃんと認識しよう。

私は私。あなたはあなた。そうちゃんと境目を持つことが、大切なんでしょうね。

だんだんと自分のエネルギーが精妙になっていて、
自分のパイプが通ってきているみたい。それはどこにっても言われること。
わかる人はみんな同じこと言うし、私も感じてるので、やっぱり鏡なんだよね。
そしてまたいわれました、あなたは半分自分をよく知っていて、半分知らん振りしてるって
あはは。怖いって思う気持ちがあって、それがまあ自分を守っているわけですが。
まあ徐々にね。だって全部知ってたら、なんかもったいないじゃーん(って言い訳ですか?)

つい最近変わったガーディアンたちですが、最近変わったことをちゃんと
私が知っていることも言い当てられました。というか、そうガーディアンが言っていたらしい。
SHEBAI終わってからなんだよな。彼らが私の元にやってきたのは。

いつでも愛されていることを感じられて幸せ。そして、私も愛しているよ。
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by harmony0526 | 2005-05-31 19:11 | 相談事と書いて気晴らし


具体的に形にする

週の半分はスクールカウンセラーなんで、
学校の話ばかりですいません。
ひっきりなしで相談室に来る子供たち。
そして今日はある先生に頼まれて、一緒に家庭訪問に。

どんな状況であれ、子供たちは懸命に生きようとして、
淋しさを抱えながらも、毎日頑張っている姿はそれだけで心を打ちます。
現実に目を向ければ、とても大変だと思うけれど、よくがんばっているなあと
正直感心してしまいます。

今日は、学校が終わってから、ブログでもお世話になっている
Nさんのショップへ。相談室で、一旦エネルギーをクリアにするために
アロマをたこうと思っていたので、その相談へ。
アドバイスを受けて購入して、プレゼントまで頂きました。
お話もできて、とても楽しかったなあ。

今年に入ってから、去年と明らかに違うのは、
「思いを具体的に形にする」というプロセスに自分が入っていることです。
自分の中の掃除は一旦終わりを告げ、今は現実のレベルで
私が受け取っていること、願っていることを、
私の目的を形にするプロセスにはいっていることを実感します。
今日の世界情勢、たとえば日本と中国の関係にしてもそうですが、
「過去を清算して」、次の段階に進むための一つの段階にはいっているような
気が私にはしています。
だから今までくすぶってきた物が、形になり、外に出るということは、
私たち個人のレベルでも起きていることに違いはないだろうと思うのです。

「過去を解き放ち」、これからどう「創生」していきたいのか。

一昨年までの私は、女性性を封印したまま、男性性の強い
競争社会のエネルギーの世界にいました。
魂が約束してきたプロセスを歩みだした時、私の封印されていた女性性は
一気に開き始めたため、男性性のエネルギー、つまり現実を生きるレベルを
一旦中断せざる終えない状況になりました。

しかし今、私おそらく、開きすぎた女性性のエネルギーだけでなく、
ようやく現実のレベルで、そのエネルギーを形にできるような、
男性性のエネルギーが発動しているのを感じます。

今まで私たちがまとってきた「必要であったもの」は
次の段階に入る時は、古い物となって、脱いでいく必要があると思います。
なんとなく、見過ごしてきたこと、なんとなく、他人のことであったようなことは
すべて私たち一人一人の問題なのだということに、
もう気がついている人はたくさんいて、それが形になっていく段階を
迎えたのでしょう。

心の底から、「思いは具体化できる」と信じた時にはじめて、
私は具体化できるエネルギーをまとい、決してそれは
誰かや、何かを傷つけることなく、変える事ができると
大げさでもなく、淡々を思うのです。

仕事は本当に忙しくて、きついのですが、
しっかりと前を向いて、どうこの世界と関わりたいのかを
感じて、考えて、歩いていこうと思っています。
ここ数年のうちに、活動を展開できるようにしていきたいなあと思っています。
NPOなのかNGOなのか、はたまた会社組織なのかは
わからないけれど(おおざっぱだなあ)

現実をしっかりみて、私の出来ることを。
決して霊性が現実で生かせないことなどなく、
知性と霊性は共存できると信じています。
それは、現実と私たちが望む、信じている世界が
決してかけ離れている物ではないと、そう思うからです。

今からでも決して遅くなんてない。
そして今このタイミングだからこそ、始められることもあるはずだから。
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by harmony0526 | 2005-04-25 21:04 | 相談事と書いて気晴らし


インディゴ気質

インディゴチルドレンの本を読んでます。
笑っちゃうくらいに、私のことですか?~って感じです。
クリスタルチルドレンの本も読んだんですけれど、
クリスタルの気質より、明らかにインディゴタイプです。

私は子供の頃、とにかく大人に早くなりたくて、
この退屈な子供時代から開放されたかったんです(苦笑)
私にとっては、学校の規則と呼ばれるものが意味がわからなかったし、
納得もしてませんでしたが、子供らしくやってないと
あまりにも障害が多すぎるので、とにかく、あと何年、あと何年って
数えていたことを、最近思い出しました。
子供だと、人として扱ってもらってない、って気持ちが大きかったんでしょうね。
インディゴは、「敬意」をもって人として扱われることを強く望むようです。

大人になって、こんな考え、あんな考えがあってもいいなあって思うけれど
いまだに、押さえつけられるようなことや考えに触れると、拒否反応を起しがちな私。
大人気ないです・・・。だから組織に組み込まれてやる仕事は基本的に
私には向かないようです。困ったなあ。
私自身が、子供はこうやってしつけることが正しいとされることが
とっても苦痛だっため、それを強いられているような現場に立ち会うことも
正直つらい。私にできるのは、愛を送るぐらいです。

学校で働き出してからというもの、忘れ去っていた子供時代を思い出して
苦笑することの多いこと。これは、周囲の大人は大変だったでしょうね~。
よく親に、「このことはどんな意味があるの?」って聞いてたこと。
私の話すことが、妹たちに悪影響を及ぼすので、いらん質問をしないようにと
言われたことがありました。

「理解されてない」と思いながら過ごした気持ちを話すことは、
それは「被害者意識をもっている」と思われることが多いので
極力避けて生きたいと思ってました。
最近、この自分のなかの「被害者意識」は、「人として扱って欲しい」という
強い気持ちが理解されなかったことから来ているのかもしれない。
赦せてないことがまだあったんだ。辛かったんだね、子供のとき
って思ったとき、涙がぽろぽろこぼれました。

インディゴの本をよんでだいぶ楽になった反面、
いまだにその気質のまま、譲れないことが自分のなかにあることに
愕然としたりします(苦笑)
最近感じる「のは、「給食」。

どうしたらいいんでしょう。苦痛なんです・・・・。
とりあえず、週二回は一生懸命努力して、食べるようにします。
そして残りの一日は・・・・。聞かないで(苦笑)
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by harmony0526 | 2005-04-14 18:22 | 相談事と書いて気晴らし


アップアップだってば

先ほど、役所にて新任の相談員のミーティング終了。

色々と要望を出したり、聞いたりしました。
始まってまだ間もないんですが、前任者がどんな風に
子供たちとかかわっていたのかちっともわからなくて困ってることや
もろもろはなしたり・・・・。
スクールカウンセリングは最近制度的にようやく動き出した部分があるので
学校側も共通認識が薄いんですよね。
私の仕事はやり出せばきりがなく・・・・。頭が痛い・・・・。

慣れないので、正直この小学校勤務の仕事でアップアップです。
他の病院業務や、学生の卒論指導、私の勉強、研究。
どれも中途半端で、それがイライラ。
アップアップな自分なのがまーた、ストレスになったり。
どうしてキャパが小さいんだ、私(苦笑)

と、自分を責めても仕方ないので、深呼吸して
「やれることを、丁寧に。必要以上に、私がこれもできるんだ、って思わないように」

心の仕事は、どうしても「はいここまでで終了」、といかないので
がんばりすぎちゃう部分があって。
しかし、自分が自分で慈しめない状況は、ニュートラルではなくなってしまう。
人間である以上、本当の意味でニュートラルでいることは難しいですが
私がありたいのは、シェアしたいのは・・・・・・。

互いに慈しみあい、楽しめる心だから。

どんな仕事もそうですが、私はやっぱりプロである仕事がしたいんです。
癒しの仕事や、心の仕事をプロという言葉で表すことに抵抗を覚えることもあったけれど
やっぱり仕事でやる以上は、自分のことも、人のことも大切にするなら
自覚を持つこと。仕事に対する、自覚。
無自覚では限界があるだろう。いくら、心に愛の光を灯していても。
コンディション、やれることをちゃんと把握して、線をひくこと。

プロというのは、多分、やれることに誇りを持って、それ以上のことを
無自覚にしない人のことを指すんじゃないかと思います。
渡辺さんのコーディネートをして思ったことは、提供する側の自分に対する
厳しい目を持って、必要以上の手出しをしない、ということでした。
だって、癒しは常に、癒されたいと思う側の中にあるから。
私たちは、ただのきっかけに過ぎない。道案内に過ぎない。
明かりを灯すのは最初は私かもしれないけれど。
本当は、すでにみな持ってる。内側の明かりを。

話がそれたなあ、すいません。

とにかくアップアップな状況を抜け出すには、きちんとやることを把握すること。
ですね。タイムスケジュールを少し練らないとな。
あとはしっかり息抜きしながら、やっていこうと思います。

メールぼちぼち返事返します。ごめんなさーい。
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by harmony0526 | 2005-04-12 18:37 | 相談事と書いて気晴らし


仕事・仕事・仕事

これから、赴任先の小学校へご挨拶に行きます。
緊張・・・、どきどき。
ご挨拶とともに、勤務日程等を詰めてこないとな。

専門学校の授業の準備や、明日からまた病院業務です。
仕事・仕事・仕事ってことで。がんばらないとね。
新四年生の卒論指導もあるんで、
自分の時間のやりくりをしっかりしないとなあ
院試にむけても勉強をしてて、生化学を勉強してるんですけど
よくわかんないです。とほほ。遺伝子の勉強はきびしいなあ。
元々文系人間なんで。でもやると決めたらやるしかないよね。

今日は大学の入学式があったみたいで
フレッシュな人たちがスーツ着て歩いてました。かわいい。
いいなあ、4年間遊び放題ジャン(あれ、違う?)
勉強も、遊びも、と堪能できる時代はこれまでなんで、楽しんでほしいと思います。

先日教育委員会から電話があって、就学前の子供たちの
学校判定のための委員になってほしいと依頼を受けました。
まだ返事してないんですけどね。考え中です。
あんまりいろいろと引き受けると、容量をオーバーしそうなんで。
経験をつむためには、いいんでしょうけれど。
いかんせん勉強がなあって感じです。興味はあるんですけど。
もう少し情報集めてからかな。

子供たちを取り巻く環境は色々複雑化しているようです。
シンプルな私で、いつでも笑顔を忘れずに。
深刻な状況であればあるほど、一緒に沼に入らないように、
心を尽くして取り組みたいと思います。

でもまずは、体力だな・・・・。
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by harmony0526 | 2005-04-05 14:12 | 相談事と書いて気晴らし


新しく始めようⅡ

会いたいなって、ずっと思ってたこと。
それを認めたら、もう会うかどうかは、別のことなんだと気がつきました。
どっちでもいいんだ。会えたらうれしいけれど。
会いたいって思ってたこと、やっぱり傷はまだそこまで癒えてない事。
私は自分を癒すので精一杯で、早く楽になりたくて、
癒しきれてない傷を、ないことにしようとしてたんだ。

そして私はいつも、人を傷つけるんじゃないかという不安が強い。
一人にされた辛さを痛いほど知っているから、同じようにしてしまうのではないかと。
それも強かったんです。別れがきて、同じように辛い思いを彼にさせたらと。
別れがくることを、いつも最初から予見するような。そんな心の癖。

過去生など、しばらく見てないので、正直出てきたときはびっくりしました(苦笑)
でもね、思ったんです。やっぱりこのタイミングで、私は受け取ることができたんだろうって。
待たされ続けた過去も、信じて裏切られたと思っていた感情も。
どんなこともあっていいことなんだ。でももう、手放していこう。
何度も何度も、「もういいよ。辛かったね、苦しかったね」と言いました。
涙とともに、泣き叫んで辛くなっていた自分を、いつまでもいつまでも抱きしめて。
そして、目を開けたら見えた世界は、いつもより光に満ちていました。

癒されない傷など、本当はないのだろう。
でも無理して傷を癒さなくてもいいんだ。今、癒しきれないのなら。
きっと必ず、新しく始められる時は来る。
すべてにおいて、どうしてもこうでなければならないということなど
どこにもないんだ。
私は今まで、この傷を持っている必要があったのでしょう。
そしてきっと、ベストなタイミングで気づけたのだと、そう思います。

マッサージを終えて、体はぴかぴか、心は少しほっとして、そして疲れて。
その後彼にも会って、事の顛末を話しながらまた号泣。泣きっぱなしでした。
彼は一言。「早く調子がよくなるといいね」だって(笑)
はい、そうですね。って思いましたよ。
いやー、どんな話を聞いても、そうなんだ、へえ。っていう反応なんで
助かります(苦笑)

そして私へ。私と似たような痛みをもつ、あなたへ。

いつでもね、新しく始められるんだよ。どんなに傷ついても、辛くても。
認めたくなくて、苦しくて、もうどうしようもないことなんてたくさんあって。
それすらもいいんだよ。無理して「こうなくちゃいけない」なんてない。
認めれば、許せば、癒えてくる。けれどできないからって、だめなんかじゃない。

必ずその人にあったタイミングで、受け取れるんだから。
だから許されないことなど、どこにもないんだ。
そしていつでも、私は愛されていて、許されている。
私にも。私の内なる神にも。
「大丈夫、いつだって新しく始められるんだから」
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by harmony0526 | 2005-04-04 16:24 | 相談事と書いて気晴らし

    

‘声’をめぐるつれづれなるままのエッセイ(写真は私の愛する伊是名島からの風景)
by harmony0526
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