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カテゴリ:ルーツって?( 82 )



できちゃったら

思うようにできたら、次の夢はきっと生まれない。

思うようにできることもあって、できないこともある。
心の中だってそうだ。
いつも穏やかでありたいし、安らかでありたいし
人の目なんか気にしないで、優しくありたい。
堂々とありたい、みんなと愛を分かち合えるように。

けれど、できないことだらけ。
恥ずかしいって気持ち。
面倒くさいなって気持ち。
やれないよ、っていうあきらめ。
そして、時々襲ってくるまだ過去の悪夢。

でも欠けているから、できないから、
私は次の夢を追える。
できないから、不完全だから、やさしくなれる。
満たされているけれど、ずっとずっと満たされ続けたら
きっと見えなくなるから。
だから、いい。欠けたままでも。足りてないって感じてても。
だから、リアルにいきられるから。
逃げないで、立ち向かえ。リアルに生きるために。
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by harmony0526 | 2004-12-04 23:37 | ルーツって?


孤独を知ること

人はみな、孤独であり、また一人ではないと
そう、今は心の底から思えます。

人は誰もが、孤独であることあまり好みません。
私もそうです。
一人であることは、寂しいし、辛い。
一人の時間がほしくなることもあるけれど、
それは前提として、誰かと一緒にいる時間があるということです。
きっと一人きりなんて、多分よっぽどのことがない限り
耐えられないんじゃないだろうか。

話はそれますが、今の彼とやっていこうと思えた最大の理由は
私の見えていること、聞こえていること、
私の経験を彼自身が受け止めてくれたことが
一番大きかったと思います。
今年の前半の大きな出来事を経験してからというもの、
私自身、たくさんの大きな学びをもらいました。
辛い苦しい道のりだったけれど、ここまでくることが出来たから。

しかし、私は彼と出会うまで、友人や家族に
今感じていることや、見えていること、聞こえていることを
話すことは殆どありませんでした。
知れば知るほど、口をつぐまざる得なかったし、
普通に生活を送るという点で、そこは自分でしか
自分しか理解し得ないところだからです。
日々泣けて仕方なかった時も、泣きながら、地球や
神々さまに謝っていたときも。
もちろん、うれしいことや楽しいことも、ありました。
私の中であった気づき、そしてここで書くことによって
得られたたくさんの出会いや、喜びも。

彼と出会ったことで、ほんのささいなことでしたが、
ぽつぽつと話するようになったこと。
私が私自身のことを話すことが少しづつでも
出来るようになったとき、私は知りました。
私は寂しかったし、やっぱり孤独だったのだと。
いかなる感情もすべて、私のもので、
私がすべて受け止めてあるいていくもの。
たとえ誰かとシェアできなくても、それはそれだと
思っていたけれど。
でも、違ってた。

シェア出来る相手を求めていたことも、
シェア出来る人がいることの幸せを抑えるようにしていたことも。
怖かったから、今でも正直怖い。
また別れがくるのではないかという想い。
そして、強くまた手を握りしめてしまうんじゃないかって。

精神的なことを共に学ぼうとして、仲間があったときよりも、
一人になったときの方が、私には気づきが、
そして学びが大きかった。
同じ世界を見ている人たちがいる喜びは何者にも代え難いものが
ありましたが、しかし、今思います。
人はみな、違う段階や学びがそれぞれにあります
共に学ぼうとすることは、時として、
方向性が少しでも異なれば、排除してしまう事にもなりかねません。

大きな喜びの中にいた私が、一人になることは
ものすごい大きな混乱と、なにより孤独と向き合わざる終えなくなりました。
誰かと共にあることで、避けてきた自分の奥深いところにあった傷を
私がようやく受け止められるようになったのは、
やはり全部自分で引き受ける覚悟をしたからです。
もう、逃げ道はありませんでした。
果てしない苦しみが続くかもしれないと思ったけれど
それも違ってた。

人は、自分の人生しか歩めないという点で
等しく孤独です。
私の道を、私以外の人は歩けない。
あなたの道を、私は歩めません。
私の道を歩いている中で、隣の道を走るあなたを
見つけるかもしれない。
きっとそうやってつながっていくのだと思います。
私が私以外の者になろうとしているとき、
私は私のことを受け入れられませんでした。
私は孤独すら、私のものとして、私の一部として
私自身が気づいていくことが必要だったのでしょう。

孤独をしるからこそ、人と共にあろうとできる。
一人であることを知るからこそ、私は全体でもある。
全体の一部だということを知ってるから、
常に一人ではありません。
私には、家族もあり、友人もあり、彼もいて、
そして共にいなくても、遠くでがんばっているだろう
仲間もいます。
目には見えませんが、ちゃんと共にいてくれる方々もいます。
私は決して一人ではありません。
ご先祖さまから脈々と紡がれてきた命を、
大切に生きようと思います。
なにより、生かしてくれている地球に感謝して。

孤独であることから、目を背けていたら、
きっと多分まだ分からなかったでしょう。
一人であることを知るから、人に優しくなれるし、
そして一人で無いことを知れるんだと気がつきました。
寂しくて、苦しくて、泣き暮らした日々も、一人だったけれど
一人じゃなかったもの。
一人に気がついて初めて、私は私の中に眠る大いなる
存在に気がついた。
だから、孤独を知ることは、全体を知ることだったんだ。

自分の孤独を知るようになったから、
きっともう二度と、私は私の孤独を埋めるために
人を求めることをすることをやめるでしょう。
またしてしまいそうになるかもしれないけれど。
けれど、もう二度と自分の弱さで相手を攻撃したり
自分の孤独から逃れるために、
手を強く握りしめすぎたりはしない。

私の気持ちや経験は私が引き受けるものだけど、
だからこそ、分かち合えるんだと思います。
持っていることすら気がつかなかったら、シェアできないもの。
私が私を知って初めて、シェアできるんだと、そう思いました。
愛も、孤独すらも。私は持っている。
だから、色んな事を、あなたのものは持つことは出来ないけれど
分かち合えるんだと。

孤独をしって、愛を知りました。
だから、今日も愛をもって歩こうと思います。
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by harmony0526 | 2004-12-02 18:09 | ルーツって?


本当の愛を知るために

私はずっと「愛」って何か知りたかったのかもしれません。
今もそうです。
いつも、お祈りをするときに、
「どうか、どんなことがあっても、私が愛することから降りることがありませんように
自分の中にある愛を疑うことがないように
愛はなくなるものでなく、常にそこにありつづけ、
愛することの本質をどうか教えてください」と祈ります。

私の中でぼんやりあるいつもどこにいても
「ここは私の居場所」じゃないという感覚。
そして、私はいつも
「私は必要とされているのか」
「人を愛するってどんなことなのか」
をずっと意識しなくても問い続けてきた気がする。

とっても辛かったとき。
絶望する体験をしたときや、別れを経験したとき。
精神科に通っていた日々や、毎日自分がなくなればいいんだって
思ってたとき。
私はいつも「孤独」でした。

子どもの頃から、みんなと同調することをとても苦手としていた
私にとって、集団生活は苦痛でした。
一人でいることが楽だと思う反面、うまくやれない自分に腹が立ったり
ずっとぼんやりとした違和感のなかで、
とにかく早く時間だけがすぎることを祈っていました。
はやく、この学校生活が終わりますように。

過去生から抱えてきた様々な感情や、経験
流しきれなかった、様々な辛い出来事。
私が魂に刻んできた色んな傷。

すべて愛から遠い気がしていました。
過去生を思い出すたびにでてきたのは、
無力感、絶望感、孤独感ばかりで、すごく辛かったことを覚えています。

けれど、今になってようやくわかること。
すべては、「本当の愛」を知るために、きっと
私が望んだことなのかもしれません。
「愛」から遠い出来事を経験することで。
「もう二度と、私には人を愛する資格などない」とおもうような出来事を
経験することで。
寂しさを、絶望を、無力感を、知ることで、知り尽くすことが
私にとっては、「愛」を知るためにいった経験なのかもしれない。

寂しさを知らなければ、きっと「愛」にはたどり着けない。
苦しさを知らなければ、楽しみや、喜びを甘受することができない。
痛さを知って、人に優しくされることの喜びや、
反対に優しくあろうとするように。
さんざん、自分も人も、状況も裁いてきて、ようやく
「赦すこと」を学んだように。

もういいんだ。
考えていました。どうしてあんなことばかり起こってたんだろうって。
どうしてまだこれでも終わりがないの?って。
けれど、やっぱり必要だったんですよね。

私は知りたかった。今もきっと学んでいる最中なんだ。
今度こそ、過去の私に縛られるのではなくて。
私が一番きっと今回で知り得たことは、
「常に、私は愛されていたのだ」ということでした。
私の中にある、深い愛は、私が絶望のさなかにあっても
消えることはなく、共にいてくれました。
私は、私を嫌うことなく、本当の意味で
私を受け入れるために、きっとたくさんの経験が
今まで必要だったのでしょう。

まだまだだけど、きっと大丈夫だよね。
私はいつも、愛されているし、愛している。
私も、あなたも。
「本当の愛を知るために、あるがままをうけとめて
あるいていけますように」
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by harmony0526 | 2004-11-26 13:06 | ルーツって?


無知をせめること

いまさらですが、ちょっと気持ちが最近落ち着いてきているので
考えていたことを書きますね。

この前イラクでなくなった香田証生さんのこと。
とてもむごいなくなり方で、とてもとても心が痛みました。
後の報道で、ご両親はクリスチャンだそうですね。
その事実を知ったときも、神様はいかに過酷なことをしいているのだろうかと
感じたりしました。

たとえ、彼の読みが、考えが甘かったとしても、
あのようなむごい死に方をしていいわけがないし、
そしてまるで、「自業自得」だというような報道や、発言に心が痛みました。
日本にいる私たちには、想像もつかないくらいの
世界があることをきっと彼は知らなかったんだろう。
私だってそうです。
ちょっとした好奇心、そしてもしかしたら、彼なりに感じたことを
もし生きて帰っていたら、なにか表現していたのかもしれない。
生と死のボーだライン上にあることは、生きている今、この私には
どの状況にあってもぴんと来ないことなんだろうな。

でも、どんな無知であれ、
あんな死に方をしても、仕方ないというようなことを
いえる世界、社会になったんだろう、この日本は。
これが当たり前だと言われる風潮に、心が痛むのは私だけでしょうか。
なんの犯罪も、なんの悪いことも犯していない人が
むごい死に方をして、本当にかわいそうだよね、って言うことは
難しいことでしょうか?
彼の死を悲しむことは、違うことなのでしょうか?
そんな気持ちは起こらないのかな。
彼のしたことは、本当に無知から来る行動だったと思います。
けれど、決して殺人なんかより重いわけないのに。

この前の人質事件の報道についてもそうでしたが、
どうして、前面に出てくるのは「自業自得」「自己責任」なんでしょう?
たとえば、私は経験がないけれど、もし同じように日本があのような状況に
おかれていて、心ある人が、善意で動いてくれる人が一人もいなかったら
どうなってるんでしょう。
その国の状況を、人々の気持ちを伝える人がいなかったら?
私にできないことを、やってくれる人が彼らだったら?
もちろん、いろんな異論はあるでしょう。
でも、私たちの払っている税金がそれこそ、彼らの無知の行動に対して
「湯水のごとく」使われているのでしょうか?

どうして、人の行動を何かの対価をもって評価しようとするんだろう。
無知を責めるより、そして誰かの善意ある行動を責めるより
何かすることが、私にもありますように。
私にも無知はあって、私にも、予測しえないぐらいの世界があっても
その世界でむごいことを、すべてそれを予測し得なかった誰かを
責めることなどしないように。

香田証生さんのご冥福をお祈りするとともに、ご両親の、ご家族の
心痛がすこしでも穏やかなものに、いつか変わりますことを
心よりお祈り申し上げます。
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by harmony0526 | 2004-11-18 19:22 | ルーツって?


「しん」と違和感

私の大好きなHPの一つである、
ひかりのさんぽみちのさくらさんのブログから。

「しっかりと
自分の中に「しん」を置く

心・芯・真・神

すべてはここに在りき」

ぼんやりしてたこと。
疑問に思ってたこと。
あったんです、上手く言葉にできなかったのですが。

以前私が整体の学校にいってたときも、
精神的なことをみんなで学んでいました。
そのときは、うんうん、って思うことも多かったし、
仲間とのつながりや、神様や、魂のこと、転生のこと、
初めて知ることや、自分の持っている課題なんかが見えてきて
すごく納得しながら、勉強してました。

けれど・・・。
でもわかってなかったんですよね。
仲間や、同じ意識をもっている人たちの中にいることは
とても心地よく、そして意識レベルが同じであるがゆえに
共鳴をとても呼ぶのだと思います。
けれど、けれど。

私が感じていた違和感は、最近色んなところで語られていることを
私も受け取っているメッセージでもあることですが、
あまりにも簡単に同調してるきがして、
そして私自身は、それを本当にうけとめられているのか
すごく気になっていたようです。

仲間との別離を経験して得たことは、
本当に自分が納得できてないことや、受け止められていなかったことは
必ずまた違う形で私の前に立つということでした。
わかったつもりではまた。必ず形をかえて。
あれ?って思ったときに、周りがどんなに理解していても、
進んでいるように見えても、立ち止まること。
自分のなかの感覚を大切にすること。

ちょっと焦ってたり、悔しかったり。
苦しかったり、私の場合はぼんやりで、立ち止まってるかんじでした。
そんな時、上のさくらさんの言葉に出会いました。
本当にそうだなって。

私のなかにすべてがあるんだ。
真実も、神も。心も、芯も。

今日もまた私のなかの声を大切にしながら、地に足をつけて歩いていこう。
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by harmony0526 | 2004-11-04 12:07 | ルーツって?


違和感

最近、うーん、なんか違うな・・・と思うことがあります。
上手く言葉にできないんですが。
読んでくださっている方、なんのことかわからないと思います。
ごめんなさい。

「書くこと」「表明すること」に、
最近とても苦痛を覚えるようになって
来ているのも事実です。
何かをわかりきったような心を、私はもっていないだろうか。

書くことによって整理されることがあるし、
シェアしたいから、書いてます。
けれど、それに賛同する人たちばかりの中に
私はひたっていないでしょうか?
すごく気になるのです。
そして、言葉だけがあるいていないか、それも気になります。

語っても、その言葉の余韻だけを求めていないだろうか?
行動できているだろうか。
私を変えるきっかけとなっていた「心世紀」
「神とともに」を読んで思っていることですが。
多くを語るよりも、まず一つの行動を。

話は少しそれますが、
人の話を聞こえてない、というか見えてないというか
そんな人が私の周りには多い感じが今しています。
きっと自分のことに精一杯で、周りが見えてないのだろうと
思うのですが、その場合に、すごく自分の感情だけや
状況だけを周囲に流しているのです。
それがいけないとか、だめだとかは思ってません。
私もしていたから。

私も自分がしんどくなったり、苦しくなったりすると
やっぱりどこかで吐き出したくなりますし、
聞いてもらいたくなります。
けれど、今この瞬間に吐き出そうとしたり、聞いてもらったりしても、
結局はすべて自分の問題であることを、自分で認識しない限り
なにも解決しません。

当たり前のことを書いているように思われるかもしれません。
すべては自分に帰ってくる。
とても信頼する人に、自分のことを聞いてもらう。
そしてわかってもらったり、アドバイスをもらったりする。
そのときはシェアできているのでしょう。
しかし、いくら他人とシェアしても、自分にフィードバックして、
自分の中で解決をみなければ、また同じことをする気がします。
何か問題が起きるたびに、何か辛いことがおきるたびに
同じように、賛同してくれる人や、シェアしてくれる人を求めるのでしょうか?

違う気がしてなりません。
まず誰かに話す前に、まず誰かに賛同してもらう前に、
自分の中に、そして自分の目の前にある人と
その問題をみようとしていますか?
いきなり一足飛びで、色んなことを語ろうとするまえに、
まず自分の中で自分を見つめることをすることが先ではないのか。

たとえ、聴こえようが、見えようが、今あるこの見えている瞬間の
世界を、人を、自分を、私の問題として、私の世界として
私がちゃんと受け止めているのか。
おごりはないか。

わかった気になっているときが、いちばんわかってないこと。

気になってます。
違和感なんです。
そうしていると、どんどん語れる言葉が少なくなってきて。
私は私のまま、歩くことが、行動で示すことが
困難な道であっても、必要なのかもしれないと。

たくさん言葉を繰ってきただけではないかな。
自分を見つめたいと思います。
なので、ちょっと更新ペースが乱れたり、
形態が変わるかもしれないです。
(変わらないかもしれないけれど)

発信することだけにとらわれていた気がして。
違和感ともう少し付き合ってみます。
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by harmony0526 | 2004-11-01 20:41 | ルーツって?


女性である私を認めること

私の性は女性です(知ってるって?)
本当の意味で女性であることをちゃんと受け入れられたのって
最近の様な気がします。
私は性格的にもきついし(たぶん)、はっきり物事を言うタイプだったので
男性陣はちょっと怖かったんじゃないかな・・・。

研究の世界は基本的に実力主義です。
ですから、いかにグットな研究をしたか、
またそれだけでなく、ちゃんと公表されているかにかかってきます。
要は、論文数がものをいうわけです。
それしか、その人の実力をはかるものがないからです。
(でも、研究分野によってたぶん違うと思います。
私は基礎にいる人間なので、それがより顕著)
それに基本的に性別は関係ありません。

しかし、就職や仕事をする面ではやはり女性であることを
意識せざる終えない場面も結構多かったですね。
同じような実績があっても、結局は男性がより就職で有利だったり
仕事をする面でも、女性は妊娠がある為、私のボスからは
妊娠したら一端仕事を辞めないといけないと言われていました。
そうするとキャリアはそこで一旦停止するわけですから、
ちょっと不利ですね(再就職がある保証などどこにもない)

大学をでるまで、私は私以外の何者でもありませんでした。
いまも、もちろんそうですが、社会にでるとどうしても
私、というものの他に、性や、役割がとっても生きていくのに関わってくるのをみて
私は正直、嫌気が指しました。
ある年齢にくると結婚って言われるし、結婚したら、母親、妻、の役割があって
そして女性ということで生じてくるハンディ(と思ってた)があまりにも多い気がして。
教育は男女平等と教えられているのに、どうしてなんだろうって
すごい違和感があったんですよ。
研究の世界がまだあっていると思ったのは、それが比較的少ないから。
けれどやっぱり歴然とあります。
女性の教授もすくないですしね(これは私の分野に限ってのものです)

それで以前付き合ってたかれとよく喧嘩になりました。
どうして、私たちだけこんな不利なわけ?って。
同じ学歴で、同じように仕事しているのさ、って。
いつもこれでわたしがつかかってくるため、
たぶん彼はとってもいやだったと思います。
去年、体調崩して仕事ができなくなったとき、やっぱり考えました。
私、このままでいいのかなって。
結婚も、出産ものばさないといけないような、これで食べていくためには
ある程度家庭を犠牲にしないといけないような仕事で、
私は満足するのだろうかと。
ストレスで、婦人科の病気にかかってしまった私には、正直、
これでやっていく自信がなくなってしまいました。
無理して、それが当たり前だと思う世界に生きられるかなって。

男性と同じでありたいけれど、同じであることは難しいです。
けれど頭では、頭で考えることは、ほとんど違いがないのに。
どうしてだろうって、いつも思ってました。
そうすると、なぜか女性である自分までいやになってきてしまって。
苦しかったです。
どうしてまだ、女性は男性より劣るような価値観があるのか、
わかりませんでした。

実家に戻ってきてから、ちょっと私のなかで変化がありました。
同等でありたいという、気持ちが薄れてきたんですよね。
何もかも、同等でありたいっていう気持ちかな。
あまりにも性で区切られることに抵抗があったので、
たぶん女性である自分も殺していた部分って大きかったかも。
私、プライベートとパブリックな場面での自分があまりにも
差が大きい人間だったんです。彼氏の前だけで、女の子してました(笑)
いつも男友達に言われてましたよ、おまえの彼氏って猛獣使い?って
どんな人と付き合ってるのか、顔が見たいって(失礼ですよね~)

今はそれがなくなりました。私はどこに行っても、私のままです。
私は女性である部分をちゃんと認めることが、私には必要だったみたいです。
社会にはまだ歴然として、女性である私たちが生きずらい面がありますよね。
食べて行くには、仕事しないといけないわけだし。
差別されたり、することってやっぱりあると思う。
自分を表現できる場がやっぱり男性に比べて少なかったり。
けれど、それを嘆いたりして、極端に自分を誇示しようとしたり
がんばろうとすると、無理がくるように思えました。
男性と同じようには、やっぱりなれないですから。
女性である、私が女性であることをまず認めて、誇る部分がないと。
小さなことにこだわるより。家事が平等でなきゃ駄目だとか、
育児にもっと参加してくれないとやだとか。
それは性に関係なく、人として思いやりをもって行動してもらえれば
良いことだと思います
(と、思いませんか?男性の皆様)

性でくくることを、私自身がやめて、
みんな人間としてともに歩む視点をもってもらえればいいのにな。
そしてやっぱり、女性にしかできないこと、ってあるじゃないですか。
それも大切にできればいい。なにも全部平等であることないなって
本当の平等は、きっとお互いをリスペクトすることから始まるし。
社会に不満を述べても、それを言い募っても、それだけに視点を絞るんじゃなくて
理不尽なことは、たくさんあるけれど、それに自分を合わせるんじゃなくて。
私は私の性を謳歌したいと思います。
女の子だから大切にされたり、丁寧に扱われたり、弱くみられても
別にいいです。それも私だしね。
なにより、私はこの性を選んで生まれてきたんだから、
それに感謝して生きていきたい。ありがとう、お母さん、お父さん。

けれど、やっぱり強く言いたい(特に男性の皆様)
育児や、子どもを生んだりすることには、やっぱりお互いの協力がいります。
女性が子どもを産まなくなったら、子育てがしずらい環境が続いたら
未来がつぶれてしまいます。人類みんなが、幸せである世界を作るために
性をこえて、互いにリスペクトできる世界を作ることができますように。
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by harmony0526 | 2004-10-07 13:46 | ルーツって?


ちゃんと受け取る

エネルギーが変化してきたのは十分感じていたのですが
自分自身の浄化がいまいち進まなくて
実はずっと軽いうつ状態でした。

やらないとっては思っていたのですが
やれない自分、片づいていない出来事。
イライラしてました、水面下で。
ちょっと落ち込みも増すばかりで、口数も少なくなってました。
いかんいかん。
昨日ようやくひとつ片づいて、また今週から
少しずつこなしていけそうです。
ようやく自分も乗っていけそうです。

そう思ったとたん、エネルギー、メッセージが降りてきて、
ちゃんと受け取って、糧にして行こうと思います。
こうして書いている今も、実は体があつくなり
急にどーんて痛くなったり。ううーん。
ちゃんと自分を見つめ直す時間もこれから
また取っていこうと思いマス。

とりあえず午後から講義なんで行ってきます。
しかし、眠くてしかたない・・・、眠たいよ~。
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by harmony0526 | 2004-10-05 12:09 | ルーツって?


絶望体験の果てにあるもの

以前、語れる言葉を私は持つのだろうかという題で記事を書きました。
たくさんの方からいろんなコメントをいただき、ありがとうございました。

あのとき、私は赦すということをテーマに書きましたが
今日はちょっと違った視点から書こうと思います。
あの記事でふれた出来事は、私にとって
絶望以外のなにものでもありませんでした。
絶望というのは、本当にすべての感覚が停止するようなもので
生きるという希望が全く見えなくなります。
まず食べ物がのどを通らなくなり、起きているのか寝ているのかすら
よく分からない感覚。
今は何曜日で、何時で、ということはもちろん分かりませんでした。
そして、普通に生活を表だってできるようになった時ですら、
笑えるようになっても、自分が自分でないような感覚が私にはありました。
傷つけられたときも、傷つけたときも同じです。
本当に受け入れられるまでは、ずっとずっと苦しみがループのように
終わり無く続くのかと思いました。忘れていても、また湧き上がってくるもの。

色んな方とつながり、話をする機会を持つ中で
日々たくさんのことを学ばせてもらいます。
そして人それぞれ、やはり抱え、それでも歩いていく現実をみると
人間ってすごいなと思わずにはいられません。
先日いただいたメールのなかに、このような内容の話が載っていました。
転載します。
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黒柳徹子さんが南アフリカのコンゴにユニセフの国連大使として
訪問した映像でした。
その中で、「アダムとイヴの歌」を歌う女の子が出てきました。

彼女は兵士たちに自宅に押し入られ、父親を殺されます。
彼女は両目にナイフを突き立てられ、眼球をえぐりとられます。
そして、兵士たちにレイプされます。
父親が殺されたのは、兵士が父親に彼女を兵士の目の前で
犯すように命令をしたことを父親が拒んだからです。
拒んだ父親を目の前で殺され、それを目撃したその目を
えぐりとられ、犯される。ナイフが目に刺さるのが見えて、
記憶としてはっきり持っておられました。
救いようの無い現実を、本当の暗闇を彼女は、どう生き、
どう日々を過ごしたのでしょう。
黒柳さんがヘレンケラーの話をします。
「ヘレンも三重苦だったけど、素晴しい人になりました。
あなたも頑張って元気にね」。

彼女はとても優しい笑顔で微笑み、うなづいていました。
黒柳さんがさらに続けます。
「あなた、とても歌がお上手で素敵な声なんですって、
是非聞かせてくれない」
彼女は照れた笑いを浮かべながら、歌いはじめます。
クレジットが画面下に流れます。

「アダムとイヴの歌」彼女は、人間がそもそも罪を背負って
生まれてくる。アダムとイヴに、拒めば殺されることを、わかって
なお犯すことを拒んだ父親と、それを見なければならなかった自分に
アダムとイヴの二人を重ね合わせ、その苦悩と葛藤を歌にした。
とクレジットには書かれてありました。
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涙が流れました。まるで自分の体験のように。
そして自分の体験以上に過酷な毎日を送っている少女のことを
思いました。今の世界にどこかであるかもしれない現実。
しかし、思いました。人はいかなる過酷の状況においても、
立ち上がり、愛を送ることができるのかもしれないと。
決して自分で自分をあきらめなければ、選択すれば。
そしてそこまでいたった彼女の痛み、
彼女の思いを祝福したいと思います。
そして彼女の痛みは私の痛みでもある。
どうか彼女が幸せで、この困難さえも乗り越えてあるいていくこと
切に願わずにはいられません。

私が事件にあったとき、また精神的な混乱が始まったとき
私は問いました。なぜ、私なのですか?と。
そしてどうして普通に生きられないのですか?と。
みなは普通にやっているじゃないですか、
普通に恋愛をして、普通に結婚をして。
見えないし、聞こえないじゃないですか、って。
私はもう今望んでいることは、本当にごく普通の生活です。
どうか神様、普通でいいんです、って。

もし見えなければ、気がつかなければ、
私はあのまま、研究を続け、血を吐いていても
きっといまよりましではなかったですか?
誰も傷つけなかったのではないですか?と、問いました。
仲間を傷つけ、愛する人と別離したときにです。

私が私でいるために、私がここへ来るために、
今ここにいたるために、たくさんのことを乗り越えなければ
経験としていったのでしょう。それがどんなに過酷なものであっても。
どのような困難な状況にあっても、私が私で、
その人がその人である以上、きっといつか、
救いは必ずそこにあるのだと思う日々です。
そこへ至る道がどのようなものであっても、
どうか、みな癒されてほしい、許されてほしい。
許してほしい、自分を、他人を、あらゆる存在を。
そう思わずにはいられません。
光は遠いかなたにあるのではなく、あなた自身が光の存在なのですと
伝えられたら、そう自分も常に感じていられたら。

今もしかしたら、どうしようもない現実と戦ったり
絶望するほどの体験じゃなくても、苦しみのさなかにいる方もいるかもしれません
私もまたいつ絶望の淵に落とされるか分からないし、未来は決して予見できない。
どんなに良いことを言っていても、自分がそのさなかにあるときは
わからないもので、本当に試されているように感じることもあります。

けれど、そのような時でも幸せはいまここなのかもしれないな、と。
どんな状況にあっても、実はそこにあり、
時間を越えて、状況を越えてくるもの。
決して、私を、あなたを「今この状況の被害者」であると
思い続けないこと。
幸せは、選択することができるのだと。私はそう教えられました。
絶望にあったとき。
私が世界を愛の目でみようと思えば、そこは愛に満ち溢れた世界。
私は奪われて、今ここで被害にあっていると思えば
世界は、奪われるものとあたられるものの世界になるのだと。
けれど、認めることは大事だと思います。
状況や、出来事によって生み出される感情。
苦しみ、怒り、苛立ち、悲しみ、寂しさ。
すべてあって、すべていいのだと。
認めて、見つめて、抱きしめて歩く。

どうかあなたの道が光り輝いているものでありますように。
私もあなたも幸せでありますように。
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by harmony0526 | 2004-10-04 17:07 | ルーツって?


一緒にいるよ

誰にとってもそうだろうけれど、
誕生日って特別な日ですよね。
私は昨日、友人と一緒に映画を見に行って、バイクにも乗せてもらい
大満足でした。楽しかったです。

それから、後輩のMちゃんから荷物が届いてました。
私のために、試験対策の資料を送ってくれて、
誕生日のプレゼントまではいってました。
彼女の誕生日のカードをみて、私以上に母が感動してました。
本当にありがとう、Mちゃん。あなたもこのブログをみてくれている
数少ない私の実態を(苦笑)知っている一人ですが、
あなたとの出会いに、とっても感謝してます。

私には、大切な友人がいます。いや、いました。
彼は同じ誕生日の男の子。実は小学校のころから
知っていたのだけれど、高校にはいって、同じクラスに。
私は彼が大好きでした。優しくて、暖かくて。笑顔が大好き。
毎日のように電話で話したこともあったね。
親同士も仲がよく、私たちは同じ誕生日ということで
誕生会を一緒にしたこともありました。

その後、大学進学によって私たちは別々の道へ。
大学4年生の頃、高校のクラス会があったのですが
私は彼に会えず、帰ってしまいました。だって、また会えるって思ってたから。
私は大学卒業後、福岡の大学院に進学しました。

ある7月の終わり。見慣れない電話番号で、電話が。
夜遅くでした。高校時代の友人でした。
「落ち着いてきいて、Kがね、死んだって」
「え?どうゆうこと?」「よくわからないけれど、明日告別式だよ」
私は急いで実家に電話しました。
「お母さん、どうしてKのこと黙ってたの?」
「あんた、試験前でしょ・・・。動揺させたくなかったのよ。」
「とにかくすぐ、帰るから。明日の朝一便で。」
「むこうのお母さんも、あなたに顔みてもらいたいって言ってたわよ。
最後にきれいな彼の顔を覚えててほしいって。」

私は結局、出棺には間に合いませんでした。
最後、お寺に焼香にいく時間にぎりぎり間にあって、
なきじゃくる友人たちをみて、呆然としたのを覚えてます。
水泳が得意だった彼が、プールで溺れたなんて。

私は誕生日がくると思い出します。彼の笑顔、彼の声。
そして、毎年話しかけるんです。
今年、何歳になったね、って。
ずっとずっと、友達でいられると思ってた。
私たちは恋人同士にはなることはないと思っていたけれど
お互いに結婚して、子供ができて、そしてそれでもつながっていける。
きっと、きっと。そう信じてました。
彼がなくなったとき、私は信じられなかった。
後悔しました、クラス会、最後まで残っておけばよかった。
そしたら、会えたよね、きっと。

TUBEを聞くと、いまでも思い出します。
彼がずっと好きだった曲。ダビングして、私もよく聞いてました。
ねえ、やっぱりさびしいよ。会いたいなあ、K。
でもね、知ってるんだ。ちゃんと話しかけたらそばにいてくれるんだよね。
一緒にいられるもんね。
同じ日に生まれて、うれしかった。出会えてよかった。
また必ず会えるよね。きっと私は、どこで何をしていても
生まれ変わっても、あなたを見つけられる。また会えるって信じてる。
今も一緒にいてくれてありがとう。

誕生日がくるたびに思い出す、とびっきりの笑顔。
私も笑顔で、彼の分まで生きます。
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by harmony0526 | 2004-10-02 22:23 | ルーツって?

    

‘声’をめぐるつれづれなるままのエッセイ(写真は私の愛する伊是名島からの風景)
by harmony0526
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