all world harmony


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どんな感じになるのかな

もうすっかり気分は10月。だってもうすぐだもん。

さっき、ちょっと設定をいじってたら、
たくさんの人に来ていただいているみたいで
本当に感謝してます。
つたない内容なのに、読んでもらって本当にうれしいです。

今月は書いている記事数が少なかったですね~。
これまでの3ヶ月に比べて。ちょっとやっぱりペースが落ちてました。
これは自分を浄化する段階が進んでいたのとリンクしてた様な気がします。
また新しく始まって、進んでいく月になりそうですね。
足元をしっかりみながら、一人一人が自分を磨きつつ
手をつなげたらいいな。

私は今月から、専門学校の講師も始まるし、
いろいろまた新しく始まっていきます。
しっかりと一つ一つを丁寧にいけますように。

先月もたくさんの出会いがありました。
どれだけ救われたことでしょう、どれだけいただいた事でしょう。
すこしでもシェアできますように。
私はこれだけしたから、これだけもっているから、
あなたに愛を注ぐから、ください、じゃなくて、

シェアできますように。

なにもかも、「交換」が重要視される世の中のながれが
「分かち合う」に変わっていくことを願っています。

愛を分かち合えますように。つむいでいけますように。
私たちは一枚の大きな布のよう。一人一人が、
あらゆる生物のひとつひとつが折り重なって
すばらしい絵図をつくりだしている。
私たちのエゴで、その糸を勝手にほどいたりしないように、
勝手に布を切ったり、切り貼りしないように。取り除かないように。

どんな感じの一ヶ月になるんでしょう。楽しみですね。
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by harmony0526 | 2004-09-30 23:41 | 相談事と書いて気晴らし


痛めました

右の太ももの筋肉をちょっと傷めたみたいです。

痛くて足が上がらない・・・。
困った・・・。ちょっと自己整体でがんばってみるけれど
当分、ちょっとペース落としながらじゃないと無理かな。
今日も筋トレして、あと夜から稽古に行きました。
だんだん、おなか割れてきました。女の子がやばいです(苦笑)

そして、昨日、とうとう携帯が壊れました。
折りたたみの携帯だったんですけれど、折りたたむところが
バキって音を立てて、もう再起不能です。
ああ、2年のお付き合いだったね・・・。
中に残っているデータが・・・。もう写真も見られないよ。
さびしいですー、とっても。

もう次に行けって事なのかな?
って考えすぎかな。
というわけで、このブログを見てくださっていて、
私の携帯番号を知ってらっしゃる何名かの方々。
後ほど、連絡させていただきます。知らない番号から電話かかってきても
無視しないでね。
誕生日まであと一時間・・・。
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by harmony0526 | 2004-09-30 22:57 | 雑談


あと一日

明日で10月に入りますね。

で、10月1日は私、誕生日です。
別にいいんですけど、どうしてこう、毎年
年をとる間際になると、ううーんって微妙な感じがするんでしょう?(苦笑)

でも、素敵な年になるようにがんばります。
年齢は聞かないでね、ってもうばればれですが。

おめでとうっていわれるけれど、
私は両親に、支えてくれている友人に、
そしてこのブログで出会えた人たちにありがとうを
またこの日に言いたいです。
ありがとう、私、生まれてきてよかったです。
あなたたちと出会えて、生かしてくださって本当にありがとう。

たくさんの目には見えないけれど、そばで見守ってくれている
方々にも。ありがとうございます。

はあ~、でも現実問題として、やっぱり20代のうちに
嫁に行きたいよう(笑)
タイムリミットは・・・、ううーん。あと何年だ?
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by harmony0526 | 2004-09-30 03:17 | 雑談


イノセンス

私が今日受け取ったメッセージです。

手のひらで銃の形を作ってみて、人を撃つ真似を想像してみてください
a0025868_19452640.jpg

「あいつが悪い」
そうして向けられた人差し指の銃口は相手に。
突き立てられた親指は天に。
折りたたまれた残りの指は自分に。

誰かを責めることは天を責める事。
そして、その何倍もの力で、自分を責める。
両方の手を使って、周囲の誰かや何かを責め続けることで
一番傷ついているのは、あなた自身。

許すこと、受け入れることで3本の指が開き、
その銃を置くことができたら。
一方の手で人の援助と愛が受けられ、
もう一方の手で救いを求めているだれかを助けることができる。

誰かの愛を受け取りたいなら、心から誰かを助けたいなら
あなたが自分を責めることやめること。
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by harmony0526 | 2004-09-29 19:43 | 許すということ


まるで夜明け

昨日の夜、車を運転しながらの帰り道
あまりの周囲の明るさにびっくり。

あれ?なにかあったっけ?とか
街頭の明るさが違うのかな?とか思いました。
でもどうやらなんか違うなって思って
路肩に車をとめて、外にでてみました。

大きな月。澄んだ空気。
空を見上げたら、まるで夜じゃない
輝きでした。
そう、まるで夜明け。
時代が、世界の夜明けのようでした。
入り口が開いたなって、思って
月を見上げながら、私は「帰りたいな・・・」って(苦笑)
いやいかん、まだ私はここでこの星でやることがありますから。

また微細で精妙なエネルギーの変化が生じているのだなと
思いました。
どんな状況においても、日々足元を見ながら
一歩一歩歩いていこう、私という私の存在のままで。
大きなことをしようとするのでもなく、
自分を誇ってあるくのでもなく、
ただ望みはひとつだけ
「すべての存在と共に、あることができますように」
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by harmony0526 | 2004-09-29 14:56 | ルーツって?


きっと天使

今日はですね、本当にびっくりするぐらい
いろんなことを責められたんですよ。
ちょっとした誤解が生んだことですし、
私の表現や配慮も足りなかったと思ってます。

正直、どうしたものか・・・って思ったぐらいです。
言葉の持つ威力を感じたし、
こんなにまでも、悪意をつらつらといわれると
私でもへこみました。
プライベートのことまで言われたときは、さすがに
ほかに聞いている人もいるのになって思いましたよ(苦笑)

でも思ったんです。
今日は、きっとこの人が天使なんだって。
きっとこのような状況においても、私は愛を贈れるのか
和解できるのか、を問われているのだろうと。
それを教えに来てくれたんだろうなって。

「攻撃されたからといって身を守ろうとすると
それは攻撃しているのと同じ」
「傷ついたことを主張しあうことは、
また同じように傷をつける」

ことを学んだ気がします。改めて。

人は寂しさや、怒りを素直に表現できません。
悲しかった、さびしかったをいえなくて、怒りに変わってしまう場合もある。
しかし、そのために言わなくていいことまで、
言ってしまったら、たとえどんなに「正しくても」
人を傷つけることがあります。
私もやったことがあるし、きっとその人も言いながらしまったって
思ったんだろうなって思いました。

どんな状況でも、自分も人も許せますように。
愛を贈れますように。愛で満ちますように。
こちらが構えず、ニュートラルにあれれば、
愛を贈れれば、きっとまた愛を感じられる場所にいけるはず。

天使さん、今日も本当にありがとう。
あなたからたくさんの学びをいただきました。
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by harmony0526 | 2004-09-29 00:34 | Angels


むき出しの感情

下の記事内容がちょっと重くてごめんなさい。

そして、やはりいろいろ思うことがあって
調子がよくないんですよ。
あんまり調子がよくないことを話したり
書いたりするとまたさらにいろいろ考えるし・・・と
思って、そんなときもあるさ、って思いながら
やれることをって思い、毎日過ごしています。

しかし、調子が悪いとき、人のむきだしの感情にあうと
ちょっとへこみますね・・・。
今日はもう、へこみにへこんでますよ(苦笑)
あれほどの、怒りをぶつけられたのは久しぶり。
ようは、感情レベルで寂しいを言いたかったのだろうと
よくわかっているのですが、話される言葉のもつ
鋭さにびっくりしてしまいました。

どんなに感情にまかせても、言葉が全部自分に返ってくることを
改めて知った感じです。
いつも言葉がすべて心を語るんじゃない、
言葉に心がのっていくのだと思っています。
私自身は、とりたてて言葉じりを捕らえてあれこれ言ったりすることは
少なくなりましたが、言霊を信じていますし、言葉の持つ力を実感しているので
できるだけ、できるだけ易しい表現、一番思うのは
「その表現は愛からちゃんと発しられているか」
「正しさを過度に表現してないか」です。

聞けるだけ全部聞きました。
反省もしました。だって人間関係でトラブルがおきるときは
絶対にどちらかが悪いことなんてないですし。
いろんなことを教えてもらった気がします。
私もちょっと自分の気持ちを整理して、またあがってこようと思います。
しかし、一言、私は言いたい。
「何もかも思ったことを口にすればいいってもんじゃないでしょ~!!
それ以上は、私のプライベートで、公の場にそれを持ち込むなよ~」
すいません、すっきりしました(笑)

レス、遅れてごめんなさい。テコンドーから帰ってきたら書きますね~。
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by harmony0526 | 2004-09-28 18:34 | 許すということ


語れる言葉を私は持つのだろうか

私は語れる言葉を持っているのでしょうか?

難しいですね。
私のこのブログで書き始めたことのなかに、
「赦すということ」を考えて、どうしてもそれを整理したかったというのがあります。
凶悪事件が続く現在、その事件に触れるたび、
考え、思うことです。
子供たちの命が奪われ、友人の弟を探しに一緒に行き
殺されてしまったという事件の残虐性を思うとき。
そして、この地球の状況を思うとき、また考えること。

どうしたら、もっと愛のある場所へみなとともにいけるのか。
そう言葉を吐くとき、私は「高み」から発言しているのでしょうか?

今日、新聞の記事をよんでいたら、もうすぐあの
「スーパーフリー事件」の主犯の被告の判決がでるそうですね。
どんな判決がでるか、わからないけれど、やっぱり彼にも
更正してもらいたいです。
今日は、いつも考えていること、思っていることを書きます。
ですから、長いです。不愉快になられる方もいるかもしれません。

人は事件の残虐性で、状況によって
「赦す」「赦せない」を決めてしまいます。
軽い事件なら、赦してもよい、とても残虐なら「赦せない」
実際に刑罰がそうなっているわけですから、それが一般的に
認知されており、理解されているものだと知っています。
ここでは法について論じるつもりはありません。
私が触れたいのは「赦さない」という心です。

私は身内を殺されたこともありませんし、とってもひどい事件の
被害者になったことはありません。
しかし、あえて言います。私は被害にあいました。
上記の事件のように、「複数の男性」から暴行されたことがあります。
少なくとも、私にとっては生きている心地がしない瞬間でもあり、
また今だにフラッシュバックとなって現れ、どうしても赤い大きな車を
みると思い出してしまいます。
男性が潜在的に信用できず、私は私自身を否定して生きてきました。
そして、ずっとずっと心の奥底で、その「加害者」を憎み、
責めてきました。
どちらかというと、「加害者」を憎むというよりも、
どうして「私がこんな目に」「私が悪いんだ」という感情が強い。

人を憎み、恨み、怒るという感情。
私は私を憎みつつ、彼らを憎みました。
そしてその怒りはずっとずっと消えることなく
彼らがいなくなればよい、また相応の罰はうけるべきだと
ずっとずっと信じてきました。
罰したいという思い。罰せられればいいのにという思い。
しかし、私はその思いにふたをして、乗り越えたふりをしました。
「受け入れられない」自分を封印していたのです。

私の中で事件は「事実」として消えることはありません。
しかし、今思うのです。
「加害者」である彼らも、どうか赦されてほしいと。
これは、私が高みから思っていることでもなんでもなく、
「してしまったこと」の事実を受け止めて、また本当の意味で
反省をし、そして、「加害者」である人たちもどうか愛を感じてほしいのです。

いつまでもいつまでも、自分が苦しみのさなかにあるからといって
苦しみの中にあってほしいと願う思いが、私を一番幸せの場所から
遠ざけてしまっていることに、気がつきました。
苦しみと接点を持ち続けることになるのです
「赦さない」という思いは。
「赦さない」という思いによって、私は私の思いによって
「2次的に被害」にあうことに気がつきました。
事件を思い出すとき、とてもつらく、悲しくなります。
私はまた声にならない声で、泣き続ける自分に会うこともあります。
「憎い」「苦しい」「あいつらなんて」という思いにとらわれているとき
私はまたそこで事件を想いの中で繰り返すのです。
そしてそのときの私は、ずっとずっと苦しいまま。

私の願いはひとつだけ。
「安らかにありたい」「愛を感じたい、分かち合いたい」。

あなたは「生きているから」いいじゃないか、という声や
あなたは「殺されるような悲劇」「愛するものを奪われたことなどないじゃないか」
という声もあるでしょう。
しかし、人は「苦しみ」や「怒り」「どうしても赦せない」という思いを持ったとき
「その思いの大きさや小ささは、その人が感じているリアリティ」以上のものは
何も生み出さず、共感しえることは決してできません。

たとえ、あなたの痛みは小さいものだから、我慢しなさいと言ったところで
あなたの傷はあの人の傷よりも小さいものなのだから、耐えなさいといったところで
「その痛み」は決して消えることないし、「癒える事」はありません。

「赦し」を話するとき、その「赦せない出来事」を認めるということでは
決してありません。責任がないと思うことでもありません。
責任は責任として、歴然としてあると思います。
しかし、その責任を赦せないという想いから、
罰したいという思いから、発することをやめたいのです。
責任は責任として、ちゃんととってもらいたい。
でも、もう罰する気持ちから、私も開放されたいし、
また償うほうも、ずっとずっと自分を責め続ければ
必ず、この安らかでない状況に追い込まれたことを
またうらみ、繰り返すのではないでしょうか。

自分で自分を愛せないことほど、つらいものはありません。
誰もが愛さなくても、自分で自分を愛せない以上、
どの世界でも、手はつなぐことはできないでしょう。

私は、その出来事によって生み出された「苦しみ」と
「怒り」と「憎しみ」と手をつなぎたいのです。
その想いと和解したい。もういい加減、安らかにありたい。
幸せになりたい。

誤解を恐れずに、批判もあるかもしれませんが、
「幸せは愛を感じられる安らかな心によってもたらされる」と
信じています。
今までに感じたことのない、「永遠の愛、やすらぎ」を感じたいと
願うのなら、おそらくそれは「赦し」でしか得られないのではないかと。

私は「人を殺さない」までも、愛する人たちをとても傷つけました。
その人たちにとっては、きっと「愛していたのに」という思いを
私の行為によって、「想いを殺された」に近いのではないかと思います。
私は自分を責めました。攻め抜いて攻め抜いて、自分をこの世から
抹殺しようと思ったぐらいです。そしてその行為にも及びました。
傷つけた自分を罰しようとする行為は、私の周りにいる
私を愛する人たちを「傷つけ」ました。

母は、「私がいくら悪いことをした」とはいえ、
「娘が命を持って償いをしなければならない」というぐらいまで
追い込んだ「彼らを」、一生憎み続ける、と言いました。
私はそのとき、私が私を責め続け、私の人生を苦しみの中で
すごすという行為が、また人を「苦しみのさなか」に
追いやることに気がつきました。
家族の人生を、他の友人の人生に「私という存在」が
また傷を負わせてしまうことになると。

私は仕事上、病とともにある人たちを見ることがあります。
やはり病の重さ、軽さというのが、「健康である、私たち」からみると、あります。
しかし、たとえその人の余命がある人の余命より長いとしても
その人にとって、その病が「苦しみを生んでいるとき」
それは関係ありません。
そして、私たちが「軽い」と思っている症状を苦にして
自殺された患者さんを見てきました。
「何かできたのではないか」という想い、
「その苦しみをシェアできなかったのか」という悲しみ、
他人である私にすら、迫ってきます。
ご家族の心情を、何より本人の心情を思うとき、胸がはりさけそうになります。
そんな想いを、私は私の家族に与えようとしていました。

「私が生きていることによって生み出される苦しみ」によって
自分も、人もだめにしようとしていました。
憎み続けると、怒り続けるとその思いが、私を苦しみのどん底に
陥れるのです。人の不幸を願い続けることは、決して楽なことでもなく
幸せなことでもありません。
それがたとえ正当な怒りであったとしても。
私が不幸で、怒り続けていることによって、
私は私の周囲の人を不幸にしていることに気がつきませんでした。
私は、だれかに苦しみを与えるために、生きているわけではありません。
自分が苦しいと、他人にも苦しみを与えることに。
自分が愛を感じるためには、私は私と和解する必要がありました。

被害者が赦せば、赦されてもよい、という声もあるでしょう。
けれど、やっぱり思うのです。本当の赦しは、内なるものから
赦されるべきであるのではないかと。
もちろん、「赦せない」という思いを持つ人を、ある想いを
否定するつもりはありません。
どんな想いもあっていい。けれどどうか、どの人も幸せであってほしい。
幸せは外から提供されるものではなく、「内から得られるもの」だと
思うのです。
「赦しは愛です」

チェチェンや、紛争のある地域を思うとき、みなさん思いませんか?
「憎しみの連鎖はとめるべきだと」
憎いと思う心が、また新たな悲しみを生むべきでないと。
けれど、身近だとどうしてもできません。
わかります、わかるのです。
「被害者の立場にたてば」えらそうなことなどいえないだろうと
いうこともよくわかっています。
けれど、被害の大きさ、小ささ、残虐性を述べあいをしたとき、
不幸の程度を、苦しみの大小を言い募るとき、そこに残るものはなんでしょうか?
そこに安らぎはあるのでしょうか?
苦しいことを述べるなとか、憎いとおもうことをやめろといっている訳ではありません

どうか、いつかその想いと和解して、人々と手を本当の意味で
つなげるようになることが、私の願いです。

私はまだ「高み」から話をしているのかな。
うまく伝えられないのです。
難しいのかもしれません、
「傷つけられたもの」と「傷つけたもの」が手をつなぐことは。
そして一番難しいのは、自分と和解することかもしれません。
愛を分かち合うことでしか、世界は救われないし、
よくならない気がしてます。もちろん、根本的な具体策が
必要なことだってたくさんあるし、いくらでも手を打っていきたい。
でも、基本の想いはやっぱり「愛」だと思うから。
「愛は赦しから生まれると思うから」

日々、人を自分を些細なことでも裁きます。
そんな自分の思いを手放しながら、歩いていくことを
願いつつ、思いつつ、この記事を書きました。
「愛を皆さんと分かち合うことができますように」
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by harmony0526 | 2004-09-28 01:02 | 許すということ


友へ

私には幼馴染が4人います。
保育園からの付き合いで、もうかれこれ25年以上の付き合いです。

その中でも私と友人Hは、地元を離れそれぞれ本州で生活を。
私は去年、戻ってきましたが、彼女はまだ名古屋でがんばってます。
みなそれぞれいろいろあっても、必ずなにかあると連絡を取り合い
なかなかあえなくても、誕生日にはメールや電話をし合ったりしてます。
会えないときは一年以上会えないときもあるんですが。
変わらぬ友情ですね。

今日、そのうちの一人からメールが入っていました。
名古屋にいる友人が彼と別れたとのこと。
七月には二人で帰ってきていたので、びっくりしました。
いろいろ事情はあると思うけれど、とにかく彼女に電話をしました。
一言、「大丈夫?」と聞くと、泣き出してしまいました。
ひたすら泣きじゃくる彼女の声を聞きながら
私も半泣きに(苦笑)

人は客観的に他人のことになると状況を分析したりするし、
私もよくやってました。
だから、きっと前ならそんなやつって言ったかもしれないです。
でもどうしてもどうしても、どうにもならない気持ち。
苦しくて、つらくて、どうしてなんだろうって思う気持ち。
頭ではもう理解していて、前に進まなきゃって思う気持ち。
全部わかっているんだよね。

たくさん泣いて、泣き疲れても、どうしようもない夜を越えて
歩いていかないといけなくても。
目の前は真っ暗で、明日からどうやって一人で歩いていけばいいのか
わからなくても。
決して一人じゃないから。私たちはいつもここにいる。
あなたのつらさをわかりすぎるほどわかるから、
がんばっているあなたの気持ちをおもうと本当に胸が痛い。
でも、どうか、どうかがんばって。
いつでも電話しておいで、いつでも話しかけて。

信じて待ってるから、友へ。
ちゃんと立ち上がって心からの笑顔でまた笑ってくれる日を。
お互い、笑いあえる日を。
あなたのそばに、まだ愛はあるよ。
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by harmony0526 | 2004-09-27 23:21 | 相談事と書いて気晴らし


絵本

絵本をもらっていただける方々様

必ず贈らせていただくので、しばしお待ちください。
多分発送は来月に入ってからになると思います。
申し訳ありませんが、中旬までには必ず発送しますので。

また、他にも関心がある方がいらっしゃったら、
遠慮なくコメントくださいね。
来月も5名様に贈らせていただければと思います。
すばらしい絵本の魂が皆様にふれられることを願って。
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by harmony0526 | 2004-09-27 20:21 | 雑談

    

‘声’をめぐるつれづれなるままのエッセイ(写真は私の愛する伊是名島からの風景)
by harmony0526
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